猫伝染性腹膜炎(FIP)について

川崎市中原区の飼い主の皆様こんにちは。武蔵小杉駅からすぐの池田動物病院です。

みなさまは猫伝染性腹膜炎という病気をご存知でしょうか?病気の英語名表記「Feline Infectious Peritonitis」の頭文字を取って、「FIP」と呼ばれることも多い病気です。

この病気の存在は昔から知られていましたが、何十年間も有効的な治療法が見つからず、かかると不治の病として多くの尊い命が失われてきました。

近年、有効的な治療法の報告が増えてきたとともに、2022年にJFMS(Journal of Feline Medicine and Surgery)という学術誌にFIPの診断および治療の最新ガイドラインが掲載されました。

今回は、猫伝染性腹膜炎(FIP)の病気を解説するとともに、みなさまに新しい情報をお届けしたいと思います。

目次

1|  猫伝染性腹膜炎(FIP)とは

猫伝染性腹膜炎(以下、FIPで記載します)は、コロナウィルスを原因とする感染症であり、一部もしくは全身に症状がみられて進行し、最終的に死に至る恐ろしい病気です。
感染症ではありますが、病気にかかっている猫から他の猫へ直接感染を起こす可能性は低いため感染力はほとんどありませんが、一度発症すると自力で回復する可能性はありません。

また、この病気の厄介なところは「診断の難しさ」「完治できない病気であること」「高額な治療費」になります。

2|  原因・感染経路

 FIPという病気を理解する上で、その病原体の存在を理解することは非常に重要となります。FIPの原因となる病原体は、現在では最も悪名高きウィルスである「コロナウィルス」に分類されており、伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)として知られています。

コロナウィルスというウィルスは遺伝子変異を起こしやすく、「新型コロナウィルス」と名前が付くように遺伝子変異を起こした新型より以前の旧型も存在します。猫のコロナウィルスでは、旧型として猫腸コロナウィルス(FECV)が存在し、この猫腸コロナウィルス(FECV)は軽い下痢症状もしくは無症状と症状が軽いため、ほとんど感染が問題になることはありません。そして、感染した猫の腸内で猫腸コロナウィルス(FECV)の遺伝子が一部変異を起こし、伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)へと変化しているのではないかと考えられております(一応、まだ完全に解明された事実ではなく、強く支持されている推論の域なのでこう書かせていただきます)。

実際に、猫腸コロナウィルス(FECV)伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)との遺伝子に違いはほとんどありません。しかし、このわずかな遺伝子の違いによって、猫腸コロナウィルス(FECV)の感染ターゲットとなる宿主細胞は腸上皮細胞であることに対し、伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)の感染ターゲットとなる宿主細胞は白血球の1つである単球やマクロファージと呼ばれる細胞に変化します。

少々、難しい話となってしまいましたが、FIPを理解する上で重要な話となるため、あえて書かせていただきました。

FIPの主な感染経路は、猫腸コロナウィルス感染から始まるため、猫腸コロナウィルスに感染した他猫の糞便からの飛沫経口感染となります。猫腸コロナウィルスが感染ターゲットとする腸上皮への感染は、経口感染によって容易に成立します。
しかし、猫伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)がターゲットとする単球やマクロファージへの感染は、容易には成立しづらいため、FIPVが感染猫から非感染猫へ直接感染を起こす可能性は低いと考えられています。

3|  かかりやすい年齢、猫種

 FIPの最新ガイドライン(2022年)では、FIP感染猫の60%前後が2歳未満の猫であると報告しています。また、現在までの報告で雑種よりも純血種で発生が多い傾向は示されておりますが、若齢期の生活様式(集団生活など)が関係している可能性も考えられており、雑種と純血種で発症率に違いがなかったとする報告も存在します。

4|  症状

伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)のターゲットは単球やマクロファージと呼ばれる白血球であると書かせていただきましたが、この白血球は血管内にいるときは単球、血管外つまり組織中にいるときはマクロファージと呼ばれており、単球とマクロファージは同一の細胞であり全身のいたるところに存在します。よって、ウィルス感染した単球やマクロファージが全身さまざまな場所で症状を引き起こすため、同じ病気の感染症ですが患者によって症状が全く異なります。

以前はウェットタイプとドライタイプの2種類に大別して病態を分けていました。ウェットタイプとは「腹水」「胸水」が溜まる症状を持つ病態であり、一方ドライタイプとは腹水や胸水はほとんどなく主に胸部や腹部に「できもの」「しこり」を作る病態です。

病態が変化する背景には感染動物の自己免疫力の差が関係していることが分かってきており、このような病態分類は最新ガイドライン(2022年)では用いられなくなりました。

結論として、症状は確定的なものはなく多様な症状が出る可能性があり、その中でも以下の症状が多くみられる傾向を持ちます。

  • 食欲がない、元気がない
  • 体が熱い、発熱がある
  • 吐く、下痢をする
  • おなかが張っている   
  • 呼吸が苦しそう     
  • 肌や粘膜が黄色い、尿の色がいつもより濃黄色 → 黄疸の可能性
  • 歩き方がおかしい、行動がおかしい 
  • けいれん発作がある、知覚過敏 
  • 眼の様子がおかしい、視えていない様子がある

5|  検査・診断

これまで書かせていただいたように、全身に症状が出る可能性があるため、病気の診断には全身検査が欠かせません。血液検査、レントゲン検査、超音波検査を基本として、眼検査や神経学的検査、その他の検査を必要に応じて行い、まずは全身状態の把握を行います。

これらの検査によって、猫伝染性腹膜炎(FIP)以外の病気の可能性がないか鑑別診断を行います。他の疾患が否定的であり猫伝染性腹膜炎(FIP)が強く疑われる場合、以下の検査を検討します。

① 血液検査によるα1-AGPの測定
② 胸水や腹水を採取してFIPV、FCoVの遺伝子検査を行う
③ 「できもの」に針吸引を行って、FIPV、FCoVの遺伝子検査を行う
④ 外科手術による病気の組織やしこりの摘出

上記の検査を病態に従って飼い主様とご相談し、FIP診断をすすめて行きます。

「診断の難しさ」
このように、FIPの診断が難しいところは確定診断の要素が少ない点であり、他の病気と明確な区別がつきにくいところにあります。感染症であるが故に初期症状では判断材料が少なく、病気が進行していくにつれて判明することも少なくありません。

6|  治療法

当院では国際猫医学会(ISFM : International Society of Feline Medicine)のFIPの治療プロトコールに基づき、レムデシビルを使用した注射治療を行います。また、費用の観点から飼い主様との相談によって、モルヌピラビルの経口薬治療も行っておりますのでご相談ください。どの治療を選択した場合でも、最低84日間治療を推奨しております。詳しくは当院へご連絡、ご相談してください。

「完治できない病気であること」
治療に関しても有効的な治療法が見つかりはしましたが、一度FIPにかかってしまったネコちゃんはたとえ元気になっても完治したわけではなく、生涯にわたって再発するリスクをかかえていかなければなりません。再発時は、1度目の治療が再度効果ある保証はなく、当然ですが亡くなってしまう可能性もあります。

7|  検査・治療費の相場・保険適応

検査費は、猫の状態や症状によって変わってきますが、院内検査および外部への診断検査を合わせて、初期FIP診断費用として5万円~8万円程度かかると思います。

また、治療費は、猫の体重や使用する薬剤によって大きく異なります。
仮に3㎏の猫にレムデシビルを用いた注射治療を行った場合、1回あたり約1万円の注射代がかかります。もし、この治療を84日間続けた場合、単純計算で約84万円の注射代がかかり、この費用に診察費や初期入院費、皮下補液含む支持療法、定期検査費用など合わせると総額は100万円前後かかると思われます。

一方、モルヌピラビルを用いた内服投薬治療では、1日1200円程度の薬代がかかります。モルヌピラビル単独で84日間治療した場合の総額は、検査代やその他の治療代などを考慮しても25万円~30万程度に収まると思います。

 実際の治療内容としては、治療効果と金額面を考慮するとレムデシビルとモルヌピラビルを組み合わせる方法が理想的かも知れません。

 次に保険適応についてですが、FIP検査は基本的に対象となると思われます。FIP治療については、国外の医薬品が主体となるため、多くの保険会社では保険適応にならない可能性があります。海外医薬品を保険適応している保険会社もありますが、FIP治療薬が適応範囲に当てはまるか分からないため、加入されている保険会社に確認していただくことをおすすめします。
また、保険への加入条件や対象期間によって、保険適応となる条件や金額には違いがあると思いますので、気になる方は直接契約している保険会社へお問い合わせください。

「高額な治療費」
FIP治療は上記のような注射治療のみで構成すると治療総額が100万円を超す可能性があります。経口薬よりも注射治療の方が、効果が高いケースが多いため、治療初期は注射治療を積極的に使用します。
しかし、経口薬の方が安価な治療であるため、治療による改善状況をみながら、経口薬の使用も取り入れて現実的な治療を目指します。
当院は、飼い主様としっかり相談を行いながら、継続可能な治療を提供していきます。

8|  予防法

残念ながらFIPに対する明確な予防法は存在しません。猫腸コロナウィルス(FECV)や伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)に対するワクチン予防薬はなく、可能性が高い事実として猫腸コロナウィルス(FECV)の感染が引き金であることより、猫腸コロナウィルスに感染した猫との接触を避けて感染を阻止することが1つの予防法になると考えられます。
しかし、多頭飼育環境下で感染猫と非感染猫を完全に区別することは容易ではなく、あまり現実的ではないかも知れません。

また、発症リスクにストレスや去勢の有無が挙げられたりしますが、こちらも参考程度に考えていただくのが宜しいかと思います。(猫にストレスのない環境作りを目指すことは大切ですが、全くない環境ということは不可能だと思いますので…)

9|  まとめ

私が大学の獣医学部を卒業してから約17年の月日が経ちますが、大学在籍当時には存在しなかった新しい薬や治療法など、獣医学も日進月歩で変わってきていると感じます。その中でもFIP治療は、「非常に大きな前進をした」と言えます。

本文で書かせていただいたように、FIPは私の学生当時から不治の病であり、大学を卒業して小動物臨床に従事するようになってからも、つい数年前まで「治せない病気」の代名詞でした。

現在、完治に至らないまでも、手も足も出なかった病気に治療が可能になったことは本当に喜ばしいことです。しかし、まだ発展途上中の治療法ではありますので、この病気に対する正しい知識や現段階における治療法の効果やリスクなど、情報を更新していきながら当院の獣医療にも組み入れて提供できるようにしていきます。

投稿者プロフィール

院長 石井 隼

あなたは犬派?猫派?どっち派?

わたしは…どっちも好き!とどちらか選べない院長です。

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